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石の下にも5年かも
慢性疲労症候群と診断されてから、いろいろな方面に関心が広がりました。石の下に閉じ込められている方々が大勢いらっしゃるのだと思います。病名にこだわらず、思うことを記していきたいと思います。
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自分が増えていくまでの経過(4)
週刊も夢と散りました……でも、まだ月刊ではない
ということで、気を取り直して続けます。

続きものということにも限界を感じ、
「現在進行形日記」(って、普通のブログだけど)という
カテゴリだけは作ったんですが、これもなかなか難しいです~

ま、言い訳はさておき……

ヘルパー生子(なまこではなく、しょうこ、です)に
強引にのしかかられたままの「寝たきり読書生活♪」にも慣れた頃、
あっという間に幽体離脱?が起こることになりました。

わが家につねに複数いる猫たちのひとりに異変が……。
いえ、つねに動物は複数ですから、
それまでの20年間は異変に次ぐ異変で、
ほんとうは、私が寝ていた2年間に
何も起こらなかったことの方が「不思議」だったのかもしれません。

実は、この不思議は、私がCFSをやすやすと受け容れた理由の一つです。
猫の誰かの代わりに、私に苦痛が降りかかっているなら大歓迎だったんですね。
それまでは、「なぜ、私じゃなくこの子に…?」の繰り返し。
長年の「希死念慮」もその故でした。

でも、やはりそのような「不思議」は永遠というわけにはいきませんでした。
動物の病気は、こちらの目に見えるときには、かなり進行していることが多いのです。
多少の不調を訴えませんし、痛覚も人間に比べて2割程度と非常に少ないのだそうです。
それは、生存戦略としては大事なことではあるでしょう。
本来、医療を受けるなんてプログラムされるはずがないのですから、
いちいち小さな痛みを身体が警告していては、
生きることそのものが不可能になってしまいます。

だから不調や異常が目に見えたときには、必ず緊急事態。
そして、とうとうそういう日が来てしまいました
そのとき、幽体離脱したのが、
これまでネットのあちこちに出没していた「ナズナ」です。

ナズナの行動については詳しくはかきませんが、
よもぎとずっと同体だったことは確かです。
よもぎがあれこれやりたがるのは好奇心、知りたがり、やってみたがりのため、
ナズナがやろうとするのは……なんというか、いつも他者(主に動物)を助けること?
どちらも、自分の矩というか、キャパシティを超えてオーバードライブなので、
野放しにすると大変危険な存在です。

今から思うと、生子さんも同体で、
ずっとこの2人に、やんわりとブレーキをかけてくれていたのでしょうね。
あまりにも言うことを聞かずに暴走しようとするので、
ついに暴力でねじ伏せることにならざるを得なかったのでしょう。

ところが、分離したナズナは、なんと生子さんに勝つんです
痛みも苦痛も、感じないというわけじゃないですが、
感じていても意に介さない。完全に「無視」
何日でも完徹オーケイ。無理な姿勢も気にしない。
病気の子しか目に入らず、そのために環境もどんどん変えてしまいます。
私としては、ただただ「すっげ~」と傍観するばかり。

暴走といえば暴走なんですが、
私自身も必要な暴走と認めざるを得ません。
生子さんはずっと喚いていましたが、
どうしても気絶させることはできないようでした

ナズナは、分離できたことで私自身の迷いからも解放されたようでした。
オーケイ、それならこの「ナズナモード」は信頼できる。
暴走でもなんでも、この人が出てきたら委せちゃおう。
私はそう考えることにして、ちょっと安堵しました

ずいぶん長い間、知らずしらずに、
「よもぎ」vs「ナズナ」の調整に苦労してたのね~、と気づいたんです。
よもぎは主に人と社会との外渉担当、ナズナは人間以外すべて担当。

おそらく私はナズナとしてこの世に生まれたのだろうと思います。
でも、それでは全然うまく生きていけないので、よもぎが生まれた。
ところが、その2人でもあんまり上手には生きていけなくて、
見るにみかねて生子さんが生まれた。
そんな順序だっただろうと思います。

でも、ナズナモードには終わりが来ます。
必要がなくなれば、ナズナは引っ込む。
そうなると、ずっとくすぶっていた生子さんが黙っていません
きゃ~~~

最初は、甘んじて受けていましたとも。
さまざまな症状でボコボコにされつつも、
それはそうよね~ 暴走だもんね~
つけは払わなくちゃいけないわよね~

ところが、生子さんの制裁はそれどころじゃありません。
さすがに腹に据えかねていた???
攻撃はとどまるところを知らず、
ついに、私が既に知っていた症状を超えちゃったんです。

目の焦点がばらばらになってしまって、本が読めない!
数字も全然記憶できない!(かつては得意分野だったのに~)
そもそも、自分の記憶が全然あてにならない~~~!
意識のある時間が極端に少なくなって1日3時間程度になりました。
ベッドに横になっていて、何かうっかり落としたら、
それはほぼ永遠のお別れです。
拾えない、探せない、もう寝ちゃおう の繰り返し。

これが、世に言う「高次脳機能障害」でしょうか。
何かを理解せねばと思うだけで、もう激疲労に襲われて、
「無理! イヤ!」と反射的に感じてしまいます。
特に、請求書関係は全滅……かくして督促状の山

さすがに、この状態のままでは困ります。
なにしろ全然、楽しくな~い!
かくして、今度は「よもぎ」が幽体離脱することになりました。
後に残したへろへろのお婆さんは「九十九(つくも)さん」。

あれ? そういえば、このお婆さん発症初期にもいましたね~
寝たままでの楽しみ方を見つけるまでは、確かにこんな状態でした。
生子さんとしては、九十九さんでいて欲しいのかも?
でも、いくらなんでも、そういうわけにはいかなくてよ

というわけで、しばらくは、
よもぎ、ナズナ、生子、九十九、四心同体のせめぎあいが続きました。
せめぎあいつつも、なんとか調和らしきものができてきて、
役割分担みたいなこともできるようになってきたんです。
それぞれの担当時間が短いので、ものすご~く忙しいけれど。

そう、じっと寝ているようにしか見えない病人や老人の中では、
これほど、場合によってはこれ以上に、とても忙しい日々が営まれているんです。
表に見せて伝える、あるいは行動する「ちょこっと」のために、
主張、反逆、妥協、諦め、調整…の数々が際限なく必要です。

普通っぽい2~3時間を確保するために、
1週間の準備、そして1週間の揺り戻しを覚悟する必要があったりします。
覚悟していないと、ただもう押し潰されて凹むばかり……

キーワードは「勇気」
行動する勇気だけじゃなく、寝たきりになるためのさらなる勇気が必要です。
行動が成就しなかった場合に押し寄せる残念感に耐えるにも、相当な勇気がいります。

なにしろ大した行動じゃないんですもの。
普通だったらすいすいと、ほとんど無意識にできるようなこと。
たとえば私の場合には、自分の名前を書くというのがそれでした。

指に力が入らなくなっていて、途中まで書くと、
もう、息切れして、動悸が高まり、貧血~呼吸困難……
署名を求められるということが、非常に怖くなっていました。
別に画数は多くもなんともないんですよ。
平仮名に近い簡単な漢字だけ。
でも、必ず途中で倒れてしまうんですよね。

勇気を振りしぼって、名前を書く……
そのためにどれだけの時間を費やしたことか~

私の場合は、幸いそこまでひどい状態からは、
2年ほどで脱することができましたけれど、
そうではない人も大勢いらっしゃると思います。
進行性の病気だったら、脱することはできないかもしれません。
老いていく過程では、誰にもいつかはそういうときが訪れます。
生まれたときから、こうした「せめぎあい」と戦い続け、
その勇気にさえ気づかれない「真の勇者」も大勢いらっしゃるはずです。

最近は、こうした勇気を「ポジティブ志向」と呼んでいるように思います。
本来の人間の限界を超えるほど勇気あるポジティブ志向で、
頑張って、頑張って、ちょこっと表現したときに、
「もっとポジティブに考えれば」と言われたら……

これは凹みますよ~

険しい岩壁を苦労して登ってきて、もう少しで登りつめられる、
ちょっと手を貸してもらえれば……というときに、
が~んと麓まで突き落とされるようなものです。

そういう目に遭う人が、どんどん増えているような気もしています。
とりわけ、医師職にある方の手で……
だって、やっぱりそういうときに縋る相手は医師ですものね。

でも医師だって人間ですし、それぞれさまざまな成長段階にある人です。
今日、患者にドクハラをしてしまった人が、明日もそうとは限らない、とも思います。
マニュアル言葉で済むアルバイトじゃないんですもの。
いつもニコニコ「ポテトはいかがですか~?」とはいかないでしょう。

でも、「勇気」が「ポジティブ」に言い換えられるようになって、
世の中では(医師に限らず)、
「ポジティブはいかがですか~?」が多くなったような気がするんです。
その言葉でいらない負担をかぶせられる「勇者」が増えたような気も。

自分が出しているとも思えない「勇気」なら、
そうやすやすと人に奨めたりはできませんよね。
自分が「勇気がある」と感じている人は、それほど多くないでしょう。
ところが「ポジティブ志向=楽しむこと、笑うこと、前向き」だったら、
苦痛のない人には、とても簡単に思えてしまう……

だからこそ、キーワードは「勇気」であって欲しいと思います。

さて、それはさておき、なんとか無理矢理な役割分担で、
水面下の足掻きは見せない水鳥くらいの平穏は獲得した私ですが、
やっぱり、人生は単純じゃない。
苦労して作り上げた「見かけの平穏」が崩れるときも来るんですよね~
自分で崩してしまうこともあるし~(だって平穏なだけじゃつまらないし)

水鳥だって、気晴らしに羽ばたきたいときもあるし、
びっくりして飛び立たなきゃならないときもあります。

そんなわけで、やっぱり自分って、
たった4人では全然足りないということになってしまいます(^^ゞ……〈また続く〉
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テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体



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