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石の下にも5年かも
慢性疲労症候群と診断されてから、いろいろな方面に関心が広がりました。石の下に閉じ込められている方々が大勢いらっしゃるのだと思います。病名にこだわらず、思うことを記していきたいと思います。
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「元ひきこもり」という言葉
このブログを始めるとき、
大潮のときは休みにしようと思ってました。
明らかに体調が落ちるから、です。

なのに、なぜか前回も今日も大潮中。
大潮がむしろ動かなくて済む理由になってきたから、かな?
実際、短時間でダウンするのでうっかり動けませんけど、
そのことを伝えた人が増えたので、
むしろ落ちつきをもたらしてくれるようになりました。

車移動のほかは動けないのは別に大潮のときに限らないし、
自分で運転はしないから、自分ひとりでは決められない。
でも、もともと動くこと自体、それほど好きじゃありません。
動けば、必ずしばらく、家の中でさえ動きづらくなるから、
だったんでしょうね、振り返って見ると。

でも、そんなことはそれほど不自然ではないはずです。
江戸時代に「居職(いじょく)」と呼ばれていたような、
ほとんど家の中にいなければ成立しない職業は今もたくさんあります。
私も、そうした職業のひとつを選んでいました。
ずっと家の中にいるってわけではなかったんですけど、
仕事の主要部分は机に向かわなければできません。

今はベッドテーブルの上のPCを前に、
場所を母の家に変えても、つねに家の中にいて、
仕事も少しずつできるようになりました(超スロ~ですけど)

仕事ではなくても、以前は机の前に座るのは基本でした。
とにかく机がなくては始まらない、
文章を書くことも絵を描くことも、考えをまとめることも。
あ、机じゃなくてもいいんですね。
キャンバスでも、ピアノでも、たいていは室内にあるものでしょう。

でも、今はそれが「ひきこもり」と呼ばれるのかな~と、ふと思いました。
「ひきこもり」って、本来は、人に会わないことでしょうか?
単に誰かが訪ねてきても会うことを拒否するとか、
どこかに誘われても断るだけなら……それが必要なときってありますよね。
別に病気じゃなくても、集中を散らしたくないことってあるはず。

それとも「外出恐怖」になること?
それなら、妙な言葉を作らずに、ちゃんとそう呼んだ方がいいと思います。
もし、出かけたくても出かけられない「恐怖」なら、
そりゃ取り除けた方がいいけれど、
無理矢理ひっぱり出せばいいというものではありません。
恐怖には、各人各様の理由があるものです。
ゆっくりと時間をかけて(できれば自分で)解きほぐしていかないと、
他人のために「平気なふり」を強いられることになっちゃいます。
それって、かえって恐怖じゃないでしょうか?

インプットされたものをアウトプットへと変換するために、
人間にはどうしても沈思黙考の時間が必要だと思うんですけどね。
インプットばっかりじゃパンクしちゃうし、
入ってくるそばからアウトプットしていたら収拾がつかなくなりそう。

それがどうして、いけないことのように括弧つきの単語に?
私が若い頃はむしろ憧れられていた暮らしのような気がします。

ユイスマンスの小説『さかしま』の主人公のように、
あらゆることから隠遁して趣味に耽溺しすぎた極端な場合は、
まあ、主人公は貴族だし、羨望も含めて肯定はされていなかったけれど、
快楽主義者(エピキュリアン)と呼ばれていましたし、
誰しも、ちょっとは「そんなことができたら」って夢見ていたと思います。

このところ「元ひきこもり」という言葉を何度か目にして、
とても不可解な気持ちになってました。
引きこもったことがない人なんているのかしら?
……いるんですね、きっと、こんな言葉ができるからには。
その方がつらそうだけど、慌ただしすぎて(そう思うのは私だけ?)

もし、今、引きこもる必要がある場合、
変な罪悪感は押しつけられないといいけど、と思います。
私は、引きこもっていられるときの方が充実しているし、
気が楽なんですけどね~

母の家にいて「明日の朝の食パンがない!」というとき、
近くのコンビニにさっと買いに行けないというのは、
ちょっと残念でしたけど~(^^ゞ
でも、食パンのために倒れたくはないし、
なければないで、なんとでもなるものでした。
(パンがないからケーキ、というわけじゃないですけど)

アルツハイマー病の場合パターンを壊しちゃいけないという、
ちょっとした私の強迫観念だったみたいです。
母の方がよっぽど臨機応変でしたね。
ご飯炊いて、さっさと朝食済ませていました。

まだ軽度だからできることですが、
無能介護も、それなりに効用があるのかもしれません(^^ゞ
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テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体



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