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石の下にも5年かも
慢性疲労症候群と診断されてから、いろいろな方面に関心が広がりました。石の下に閉じ込められている方々が大勢いらっしゃるのだと思います。病名にこだわらず、思うことを記していきたいと思います。
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自分が増えていくまでの経過(5)
お久しぶりです~
そろそろ、この間伸びしきった続き物も終わりにしたくなってますが……
6月30日に一度書いた原稿をうっかり消失してしまい、
気を取り直す間もなく、7月に入るや、足、腕、目の激痛が倍加してしまいました。

腕を長く水平に上げていられず、
また、目の焦点がバラバラになるので、パソコン画面を見ているのも……
って言いつつも、この「九十九さん」の隙を見ては眺めていたんですけど、
凝視とか集中はなかなか難しいのでした。

さすがは梅雨……といっても、降りそうで降らないし、
降ったら、いきなり雷鳴とスコール的豪雨。でも、すぐに止む。
熱と湿気が籠もった大気が濃くて、渦でも巻いていそうでした。
でも、そろそろ夏の気配も漂ってきて、だんだん軽くなって
……いくかな? どうかな? というところまでは来ましたね。

思えば3年前の7月21日、前回にも少し書いた「突然の軽快」があったんですよね。
今年は3年前のように……とはいかないようですが。
じつは、去年も一昨年も、そういうわけにはいかなかったし、
去年の秋以降は我ながら、心ならずも(ここ大事!)無謀の連続なので、
期待はしない、できない、とじっくり自分全員に言い聞かせてはいますけど~
それでも「あの夢のような夏よ、ふたたび」と……

この夢を見ているのが、第5人格の「舞ちゃん」です。
舞ちゃんは19歳 というのは、4人がせめぎ合っていた2年間、
一番ヒマだったのが「よもぎ」なんですが、
よもぎがあれこれ乱読しているうちに、むくむくと湧き上がってきたのが、
なんと19歳の頃に夢中になっていたフランス文学や演劇への関心だったんですね。
そして、目の前にはインターネット。
本当に19歳だったときには、想像もできなかったアイテムです。
当時、アイドル的存在だった文学者の、画像、映像、絵画やデッサン……
信じられないほどヒットするではありませんか
もう、目にも心にもハートと星がきっらきら 心は高く舞い上がり、軽やかに踊ります

そして、19歳の女の子が考えるのは……「私には何だってできる!」

いえいえいえ、実際に19歳だったときには、
精一杯に気負いながらも、心は世の中や大人たちへの畏怖でいっぱい。
心細さと自己嫌悪と、根拠のないかすかな自信と……そんな塊でした。

それでも、無謀さが走り出したのもその頃で、
親元を離れ(東京の中心から郊外へ……かなり不自然な形)
さまざまな世界に興味のアンテナがぐんぐん伸びて、
新しい出会いが数多くあり、楽しいこともたくさんあって、
ものすごく充実した気分でもありました。
「どこにでも行ける! どんなこともできる!」
可能性だけはいくらでもあったんですよね~

もちろん誰でもそうだと思うんですけど、
無数の可能性はしだいに数を絞られていきます。
だんだん1点に集中されて、そこで深まっていくはずですよね。
ところが私の場合は、何かを手がけようとする度に、激疲労とどこかの激痛でダウン。
大いに期待されては大いに失望される、そんなことの繰り返し。

可能性は、自分で絞ったというより、身体に絞られて、
狭まった状況の中では選択肢もあまりなく、
なんだか、いつのまにか、流されるままに~~

それでも、無謀な試みは幾度となく続けていましたし、
根拠のない自信は持ち続けていたんですけれど、
どの道も、思いきり先細り~~

まあ、人生なんてこんなもんでしょ、と思って、
とにかく、目の前で出来ることだけ精一杯やってきたんですが、
いつのまにか、自分がしたいことが判らなくなってたんですね。

病名をもらって、思いきり休まなくてはならなくなったとき、
「やっと休める……時間ができる」というのが最初の安堵でしたが、
「で、休まったら、元気になったら何がしたい?」と自問してみると、
なんと、なんと、な~んにもないではありませんか。
あれほど、したいことだらけだった自分が、完全に空っぽ

その昔、私は「伝える」ということが本当に可能なのかどうかを、
あらゆる方法で試したいと思っていました。そういう記憶はあります。
詩、小説、論説、演劇、絵画、音楽などなど、さまざまな手段を使うだけでなく、
組み合わせたり、融合させたりも試してみたかった……
でも、何を? 肝心要の伝えたいものが……ないっ

正確には、私が伝えたかったことなど、ほとんど既に発表されている、でした。
私などが試みるより、はるかにはるかに、
創意工夫に満ち、効果的に、魅力的に、美しく、楽しく、感動的に。
もう、やることないな~ いらないな~、です。
それは、寂寥感と解放感の入り混じった不思議な感覚でした。
どこかで、やるべきことをやっていないという焦燥感があったんでしょうね。

「オーケイ、世界は私を待っていない、よかった」

年齢相応のよもぎは、心からほっとしたんです。
言うまでもなく、思い上がりもいいとこです。
ただ、その無根拠な自信に支えられて生きてきた自覚もあるので、
それはそれでオーケイかな、と、ここは甘くやさしく自分を許すのでした

そもそも、声は潰れ、指には力が入らず、そもそも起きてさえいられない。
手で書けず、歌えず、描けず、楽器も弾けず、旅に出て見聞を広げるなんてことも不可能です。
かろうじてキーボードは打てましたが、それもメールのやりとりとネット検索がせいぜい。
すぐに疲れ果ててしまいます。
できることは読書のみ。それで充分だと感じていました。
それまでは「時間がない」「落ちつけない」という理由で読めなかった、
積ん読ストックが大量にありましたので

ところが、読書とネット逍遙の日々が、
生子さんの存在を浮き彫りにし、九十九さんとナズナが分離して……
よもぎの仮初めの平和は、それほど長くは続かなかったんですね。
そんなとき、偶然、思いがけなく、突然の軽快が訪れたんです。

もう一生できないと諦めていたことが、次々と出来るようになりました
起きていられるばかりではなく、立って動ける時間がいきなり増えました。
生涯で初めて、「身体のどこも痛くない」という感覚も味わいました
こんな状態で寝ているなんて、とっても出来ません。
いろいろなことを試してみたくなると言うもんです。

そこで、推定年齢19歳の舞ちゃん登場です
「今だけかもしれない」という気持ちもあるので、性急かつ無謀
で外出から始まり、を購入し直して乗り回す(いったんは廃棄していました)、
上り坂7km走破なんてことも繰り返し、まあ大変だけど可能だと知りました。
絵も描いてみてなんとか描けることが判り、絵画展にも次から次へと行ってみる、
映画も観に行くことができるようになり、独りで映画感へ行くなんてことも出来ました。
仕事の種もつくり始め、身体も頭もフル回転……し過ぎました

舞の活動過多の期間中も、四六時中そういう状態というわけではなく、
活動すればした分は、しっかり生子さんの制裁がありました
まあ、舞の暴走は3日に一度くらいがせいぜいで、
2週間に一度の「大潮」のある週は、ずっと九十九さん状態です。
ナズナモードも何度かはあり、その場合、舞の出番はありません。

でも、心に火は点いちゃったんですね。舞はそのまま居座りました。
この夢のような活動期間は2ヶ月ほどでピークを迎え、
あとは下り坂の一途でしたが、なんとか8ヶ月ほどはで動くことが出来ました。

しかし、動ければ動けるだけ、「ねばならない」も流れ込んでくるのが人生。
いつまでも舞だけが遊んでいるわけにも行かず、よもぎ的活動も要求されることになります。

私が元気を回復するにつれ、体調を崩しかけていた夫がどんどん悪化していきました。
まあ、当然のなりゆきでしょう。
慢性疲労症候群やそれに近い病の介護は、心身ともに非常に疲弊させられるものです。
今にも死んでしまいそうな発作の連続、ひとりでは食事も摂れない状態の看護、
その一方で収入もなんとかしなくてはなりません。

それがいつ終わるとも知れず、そのうえ患者はけっこう口達者(これは私だけかな?)
言うことだけは妙に元気なのに、実際には何もできない人間の介護ほど疲れることもないでしょう。

こうした状況は、脳由来の病気の周辺では起こりがちなことだと思います。
介護する羽目に陥った人が病気を理解できなければ、苛立ちと腹立ちの連続になるでしょう。
経済的に余裕がなければ、不安ストレスも双方にのしかかります(わが家も思いっきりそうでした)
強い言葉の応酬になってしまい、双方が深く傷ついてしまうことにもなります

わが家の場合さいわいなことに、夫は当初から私の病気への理解というか直観があったようで、
私自身よりはるかに以前から、おそらく20代の結婚当初から、私の症状を感知していてくれました。
いつも私の暴走のブレーキ役に徹し、寸止めのような制止をしてくれていたようです。
おかげで、わが家では傷つけ合いは発生しませんでした、が……
さすがに、劇症化の後の軽快ぶり、暴走再開の兆しには、
張り詰めていた緊張が音を立てて崩れてしまったのでしょう。

甲状腺嚢胞に始まって、全身ジンマシンの慢性化、極度の睡眠障害、
そして抑鬱状態がどんどん深まっていきました。仕事の継続など不可能です。

かくして病病介護と、最低限の収入確保の模索が深刻化しました。
実際には、こうしたことは相前後して交錯していましたし、
夫の変調も、私の軽快以前から始まっていました。
収入確保のための奔走は、私が車椅子でしか動けないときから始めていましたし、
そのために、夫は仕事を休まなければならないというジレンマもあったんですが、
夫が動けないという事態に至っては……もはやお手上げです。

借金が嵩みましたが、もともと動物たちの生活確保がわれわれ夫婦の大命題ですから、
自己破産という最終手段にも出られません(家をなくすわけにいかないのです!)

でも、しかし!
私の劇症化は、無駄ではありませんでした。
寝たきり生活のおかげで5人まで人格が分離できて、役割分担できたんですから、
「まだまだいける」ということが確信できるようになっていました。

何人まで? もしかしたら、その気になれば60兆人まで……かな?

60兆というのは、自分では数えられませんけれど、
人間を構成していると言われている細胞の数です。
(誰も本当に数えてはいないと思うので、あくまで推計でしょうけれど)
そして、CFSは、各細胞がそれぞれの役割で働いているということを、
イヤというほど体感させてくれる病気でした。

頭が痛い、喉が痛い、目が痛い、歯が痛い、胃が痛い、腸が痛い、
背中が痛い、腰が痛い、手が痛い、足が痛い……
全身の筋肉が同時に痛い、あることも知らなかった筋肉まで痛い。
痛みだけでも、こんな調子ですが、その痛みをじっと味わっていると、
だんだん痛みが塊から分解していきました。

最初は怖い感覚です。そのまま身体も分解して壊れていきそうな気がします。
でも、壊れない。見た目はまったくの正常で、炎症も腫れもありません。
壊死していくような気配など、外見にはまったくないんです。
分解しているのは感覚だけでした。しかも止まらない。

細胞が痛みを訴えているとばかり思っていたのですが、
それなら、傷んだ細胞が更新されれば、痛みも徐々に止まっていくはずです。
部位によって更新の速度は異なるようですが、細胞は更新されているからこそ、
胃潰瘍の痕跡も消えたはず。それなのに、胃痛はしょっちゅう起こる。

これはもう、脳からの情報が間違っているだけですよね。
脳の誤作動、それは確か。
でもね、そんなに大量な誤情報が流れ続けているにもかかわらず、
末端の細胞たちはきちんとそれぞれの仕事してくれてるんですよね~
誤情報のおかげでほとんど使えない身体なのに、
一所懸命、正常な状態を維持してくれているのは……なぜ?

その答えが判っているわけじゃありません。
けっこう無駄な努力のようにも思えます。
脳との連携がうまくいかないのなら、
さっさと壊れた方が効率がいいとも思えます。
もしも、生物個体が遺伝子の乗り物に過ぎないのなら、
すでに繁殖が期待できない個体など、さっさと捨てる方が理に適っています。

ところが、本当にいざというときになれば、
その細胞たちの営々たる努力が、ちゃんと実を結ぶんですよね~
まあ、瞬間芸みたいな形ではありますけれども、とにかく機能してくれます。

ヘルパー生子の正体は、この細胞たちだったのだと知りました。
脳からの不断の痛み情報にもめげず、細胞たちはひたすら担当部門を維持してくれていたんです。
そして、脳の壊れていない部分が「活動が必要!」とエマジェンシー指令を発すると、
必要な細胞だけが分離して活動してくれる。
細胞たちの努力、生子さんの監視と制止の厳しさと九十九さんの昏倒が、
よもぎとナズナの短期間活動を可能にし、舞ちゃんまで復活させてくれました。
倒れた夫の看護も、まあ超い~かげんな形ですが、最低限は可能になっていました。

そして、さらに今、新たな人格が必要かもしれない事態が起こっています。
これまで元気すぎるほど元気で独り暮らしをしていた83歳の母が、
この冬から突然、認知障害らしい症状を発現してしまったのです。

まだ確定診断は出ていません。でも、介護申請の結果は、
3月時点での「要支援1」からわずか3ヶ月で一気に3段階飛び級の「要介護2」
夫もまだ復調には至らない状態で、一挙に問題が山積です……が、
まあ、なんとかなるかな~という、ここでもまた根拠のない自信

ずっと「ひとりの自分」と思っていたものが、病気の劇症化のおかげで、
分離解体したり、パート別に協力したりしていくのを見ることができましたし、
頭と身体、どちらが故障しても、もう一方がなんとか補うということも信じられるようになって、
この先なにがあっても、まあなんとかなるでしょ、というわけで、
めでたし、めでたしなのでした~ 〈やっと完〉
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テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

コメント
こんばんは(^O^)
本日もから投稿でございます
なので四角に囲われた絵文字かもですが

ここ数日夏を感じる陽気だったのでジストニア的症状は、ここ最近の酷い状態ではなかったですね~

ですが…と共にモード突入
起きてもヒィ~下半身が痺れ捲りで思うように起き上がれずに、これから夕飯準備なのに~

魂からの分離
次から次にやってきた症状に精神的パニックが薄れてきた今なら、その感覚解ります
痛みやキツさはあっても、魂だけは別物なんだな~

病気は色々な意味で魂を成長、振り返って手放す事も教えてくれますね

変な言い方ですが…病気に感謝でございます
よもぎさんにも感謝しておりま~す
[2010/07/11 18:31] URL | 光希 #- [ 編集 ]

目がつらいときに…
光希さん、ありがとうございます~

目がつらいときなのに、長文でごめんなさい。
一応、自分の目の状態から、真っ白バックは避けたんですけど、
文字の大きさとか書体とか、まだまだ調整できませんv-394

だいたい、いつも長すぎですよね~(^^ゞ
ようやく、ひとまとまりの連載?が終わったので、
これからは、短めの文、多めの更新、心がけたいです。

病気って、ほんとにいろいろ教えてくれるな~と思います。
動物たちから教えられたことと同じくらい……というより、
動物たちの基礎レッスンの、応用篇かも~。
そして、まだまだ継続中。

でも、「よし、まだまだ~」と言えるくらいには強くなれたかも。
生きることに、無駄ってないんですね~
ほんとに、すべてに感謝e-266
光希さんとのかけがえのない出会いから、
数多くの繋がりが生まれたことにも大感謝ですe-418e-418e-418
[2010/07/11 19:14] URL | よもぎ #f8PV/UZw [ 編集 ]


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