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石の下にも5年かも
慢性疲労症候群と診断されてから、いろいろな方面に関心が広がりました。石の下に閉じ込められている方々が大勢いらっしゃるのだと思います。病名にこだわらず、思うことを記していきたいと思います。
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成熟した社会を創るために
このところ、しきりに思い出す映画があります。
1971年の『動物と子供たちの詩(うた)』
カーペンターズの歌う美しく優しい主題歌に惹かれて、
動物のことばかりが心配だった高校生の頃に観た映画です。

ハッピーエンドだろうと思い込んでいたし、
何か世界を変えるヒントがもらえるかもしれないと思っていたので、
見事に期待とは正反対のエンディングに、深い哀しみばかりが残りました。

アメリカの、鍛え上げ型のサマーキャンプで落ちこぼれになっている子供たちが、
遊びで殺されるだけのバッファローの姿にショックを受け、
なんとか助けようと奮闘するストーリーです。
数々のイジメや苦難を乗り越えて、やっとバッファローの囲いに辿り着き、
囲いの扉を空けるんですが……バッファローたちは、全然まったく逃げようとしない。
懸命に外に出そうとしても、いっこうに無反応。
このときの子供たちの呆然とした表情が忘れられません。

そして、結局、子供のひとりがバッファローの飼い主たちに射殺されてしまいます。

幼い頃に読んでショックを受け、一晩中大泣きして親をおろおろさせた、
『フランダースの犬』以来の衝撃でした。

そして今、日本の多くの人たちが、あのバッファロー達のように見えてしまっています。
自分は呆然としているだけの子供のように、どうしたらいいか判らない、何もできない。
動物たちも、子供たちも助けられない……

焦燥感を心に秘めて、笑顔を保って明るくやさしく、
けれど必要な知識だけはきちんと伝えようと、
日々身体を酷使して活動している人々を応援することしかできません。
もっのすごく微力で、無力で、身動きさえとれない自分が悔しくてなりません。

それでも、前回も書いたように解決策はあると思っているんです。

本当はもっと早く、3月後半には始められるはずだと思ってました。
当然、すぐに始められるはずだとさえ信じていました。
でも、そうじゃなかった。それどころじゃなく正反対だった……バカですね、私。
57年も生きて、何度、期待してはがっかりしてるんでしょう。
だけど、期待することはやめません。バカでいいです。

3月後半に、すぐやるべきだと考えていたことを、一応書いておきますね。

1. すべての原発を即刻操業停止にして、専門家は全員、安全確保しつつ事故収束に当たること。
2. 全国の小中学校を1年以上の学校閉鎖にすること。
3. 命に関わらない仕事の企業は営業中止して、社員は被災した人の援助に努めること(もちろん有給で)
4. 医学部、薬学部の入学金はゼロにして、とにかく医療関係者をできるだけ増やすこと。
5. 安心できる土地を確保して(半年前はまだたくさんありました)、子供が食べられるものを作ること。
6. 無電源エアコン素材(既にあります)で住宅をたくさん造ること(家を失った人優先で)
7. どんな障碍があっても自立生活ができる環境を、大急ぎで全国的に整えること。

どれも、ひとかけらも着手されないまま、全国の安心できる土地さえ急速に破壊されている現状ですね。
まあ……国に期待することは不可能と思い知らされましたけど、
それでも、ひとりひとりが出来ることはまだ残っています。

とりわけ、医療知識を、専門家から一般へとシェアすることは重要ではないでしょうか?
医師だからと言って、長く健康でいられる保証なんてないんですから、
できるだけ多くの人が、目の前の病気の人を助けられるようになっておかないと。
そして、障碍のある人を助け、障碍のある人からも助けてもらえるようにしておかないと。

だって、近い将来、誰もが障碍を持つ可能性が高過ぎるんです。
既に障碍を持って強く生きてきた人こそが、これからの指南役、水先案内人になってくださるでしょう。

私はそう確信していますし、それが嫌な未来だとは思いません。
むしろ、ようやく相互に寛容になれる成熟した大人の社会になるチャンスだと考えています。

性懲りもなく、また期待するのです (^-^)

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

現実直視(4)子供達はとっくに気づいてる_2
ずいぶん長い間、いささか落ち込みモードになってました。
日常的には相変わらずなんですが、矢継ぎ早に多くのことが起こり続け、
ブログにも、手のつけ方が判らなくなってしまっていました。

私自身も長い間「悲観的に過ぎる」と自分に言い聞かせていたというのに、
じつはとても甘かったことを思い知らされました。
いくらなんでも、そこまではしないだろう……と考えていたことが、
3月以降、次から次へと現実になっていく怖さ。
この事態の行き着く先を、どうしてもいくつか予測せざるを得ない苦しさが、
病がつくる巨石のような重さの感覚より、遙かに遙かに重くのしかかってきました。

解決策はあると考えています(どんなに権力側にやる気がなくても)。
そして、微力の集まりが大きくなってきていることも、確かに肌で感じています。

ただ諾々と殺されていく人ばかり、なんてことはもちろんなく、
子供と未来を守ろうとすべてをなげうち、身体を張っている人が、
思っていたよりずっと大勢いるんだと、ネットの上で知りました。

でも……まだまだ、今は「お金の問題」です。
命や新しい世界の創造より、お金を将来への備えと考えている人の方が多いことも、
やっぱり思い知らされるんです、とりわけリアルの世界では……。

当然と言えば当然なのかもしれません。
今現在、すでにガンや慢性病になってしまっている人は、
高額な検査費、治療費、生活費、加えて生活援助の人手も必要です。
それだけが「なんとか生きる道」になっています。

入院、リハビリ、施設入居も簡単ではなく、
過去のように、手厚く、心ある看護や介助を期待するためには、
制度に頼らずに済むだけの財力がなくては叶わなくなってしまいました。

医療機械、医療技術、人間工学に基づくリハビリ技術は、
ほんとうに目をみはるほど進歩しています。
この進歩を実現するためには、多くの犠牲が伴ったことでしょう。
動物実験はもとより、人間実験が必要だったはず。
そして今、東日本は、もはや人間の実験場であることを隠されてさえいません。

twitterでは「福島を核廃棄物の捨て場にするべき」などと言う人まで、
かなり前から現れていて、あろうことか賛同する人までいますが、
西欧世界では、それと同じことを「福島」ではなく、「日本を…」で、
とっくに考えているでしょうし、もう準備が始められているのかもしれません。

例によって、何日もかけて書いているこの文章ですが、
その間に……9月25日に、ワンガリ・マータイさんが逝去されました。
日本語の「もったいない」をキーワードにしてくださった環境保護活動家。
2006年には来日して、福島でも子供達と木の種を植えてくださったんですよね……
考えること、思うことは増えるばかりです。

●現在の子供達
今、子供達は、国や制度は自分たちの生命も将来も、まったく配慮していないことを、
毎日のように、あからさまに見せつけられていることでしょう。

福島の子供達はもちろんですが、日本中の文字が読める子供達は、
猛烈な勢いで知識を吸収し蓄積しているはずです。

だって、放射性同位体物質なんて、ポケモン646種に比べたらものすごく少ないではないですか?
ゲームヴァージョンとかも含めると、670種?
それが全部言える大人はほとんどいないでしょうけれど、子供は知ってるんじゃないかな~
ポケモンだけじゃなく、ほかのいろいろなゲームのキャラと並行して覚えているでしょうしね。

だから放射性物質なんて、特性も、変化する過程も、人間への影響も、
知ろうと思えば、あっという間に覚えられてしまう、
子供にとっては、どうってことのない知識のはずです。

たとえ読み書きができなくても、耳からだけでも既に知っていると思います。
同じスタートラインから始めれば、子供の記憶力、集中力、吸収力に敵う大人はいません。
3歳の子と同時に、まったく知らない言語を学び始めれば、
必ず、子供の方がはるかに早く習得してしまう、そういうものですよね?

だから、膨大な知識をすでに獲得していて、
そのうえで、おそらく「大人を守ろう」と決意しているのだろうと想像します。

でも、話の通じない大人と長時間過ごすのもやっぱり苦痛なのでしょうね。
だから友達と離れたくないし、自分の命なんてどうでもいいから「学校に行きたい」
子供を守りたい親と対立してしまう原因になっているだろうと思います。

子供が持っていないもの、それは「将来への想像力」です。
子供にとっては来年なんて、はるか未来のファンタジー。
来年どころか、来学期でさえ「想像もつかない」くらいだと思います。
私自身そうだったこと、よく覚えています。
たった1年先輩というだけで、もう別世界の人のようでした。

いま84歳の母に聞くと、戦時中に10代だった母たちは、
「生き続けるなんて想像もできなかった」そうです。
まわりで多くの人が死に続け、それが「お国のため」とされていた時代の子。
ひそかに「こんな戦争負けるに決まってる、やめなきゃいけない」と呟く祖母(母の母)が、
(なんでそんなこと言うんだろう?)と不思議でならなかったそうです。

祖母がもし大声でそれを叫んだら、あっという間に「非国民」と批難されたでしょうし、
憲兵に連れて行かれて殺されてしまったかもしれません。
子供だった母にとっては、その方がよほど怖ろしかったでしょう。

いま現在の子供達も、親を捨てて、友達を捨てて、
自分だけ生きのびようなんて、決して思っていないはずです。
「健康に長生きしたい」なんてことも頭の片隅でさえ思っていないでしょう。

新しい情報に溺れそうになりつつ、怒りと疲労で困憊している大人をこそ、
「守らなければ!」と強く考えていると思います。
自分が笑っていれば親が安心するならば、どんなにつらくても笑おうとするでしょう。
どんな症状が出ても、できるだけ隠そうとするでしょう。
「怠けもの」とか「わがまま」と詰られても、不敵な笑いで誤魔化そうとするでしょう。
どんなに心細くても、平気だよっていうサインを出し続けるでしょう……

私としては、大人には、そんな子供の気持ちを汲みとってあげて欲しいんです。
「あなたの命のために」とか「あなたの将来のために」は、
むしろ禁句じゃないかと思います。たぶん、言えば言うほど、子供達の心は閉じてしまいそう。

10年くらい前のことですが、不登校になっていた中学生の女の子がいました。
ほんとうは賢いのに成績はよくないし、友達との関係もうまく築けなくて、
学校に行けなくなってしまったことも問題視されて、親にも心配をかけて……
あまりはっきりした言葉で自分のことは語らず、
「私なんていない方がいいんじゃないかな~」って言ってました。
「だって親にも心配しかかけてないし、頭もよくないしさ~」

そのとき、「じゃ、お父さんかお母さんがいなくなってもいいと思う?」って訊ねてみたんです。
そうしたら、それまでとは全然ちがう勢いの大声で、即座に、
「え、それだけは絶対にイヤ!」って返ってきたんです。
「それだけは困る! それがイヤだから、私がいない方がいいと思うのっ!」
「お~い、それはないよ~。お父さんやお母さんだって、あなたがいないのは絶対にイヤなのよ」

いなくなったらイヤっていう気持ち、親が自分に対して持つって想像してなかったんですね。
それは、子供の想像力の限界でもあるかもしれないと思います。
親や保護者が、自分のことで心配する、哀しむ、溜息をつく、文句を言う……
だったら、自分がいなければ楽になれるんじゃないか? それが子供の考え方です。

そして今、保護者は自分を心配するあまりに怒りと哀しみで疲れ果て、
国は、自分たちがどんな病気になって、どんな死に方をするかを「楽しみに待ち構えている」
あなたが子供だったら、どうしたいと思いますか?

せっかく大人になっているのなら、大人の想像力を使いましょうよ。
子供はすべてを見ています。あなただって見てきたはずです。
どうか思い出して、子供達の気持ちを想像してあげてください。

これまでの世界はもうないんです。
元に戻ることもありません。
まず、そのことを認めなくては先に進めません。

変わらなくてはいけないのは大人です。
自分に子供がいてもいなくても、新しい世界に道を創れるのは大人だけなんです。

経験と想像力を振り絞り、衰えた集中力と吸収力も鍛え上げて、
(それ、やらなきゃいけないのは、まず私~)
子供が罪悪感など持たずに済む、
新しい世界を創っていかなくっちゃ、と思っています。

私には、体力がなく、財力なんてまったくなく、思考力も怪しいものですけれど、
解決策をひとつずつ、ゆっくり確実に積み上げていくつもりです。

テーマ:「生きている」ということ - ジャンル:心と身体

現実直視(3)子供達はとっくに気づいてる_1
●2011年3月11日前の子供達
私自身は人間の子育てができなかったので、長い間気づかなかったことがあります。
「少子化」という言葉の実態です。
そんな言葉を繰り返し聞き、対策が必要なんて言われていても、
「安心して子育てできる社会じゃないんだから当然でしょ!」くらいに思ってました。

でも数年前に、東京の住宅地域に住む子が、
小学校から中学校まで、ずっと1学年1クラスと聞いて愕然としたんです。
それは「生まない選択」とか「晩婚化」で説明できる減少じゃないでしょ!と感じて、
それからは、年齢別の人口ピラミッドを毎年チェックするようになりました。
下図は、昨年2010年10月の、総務省統計局が発表していたグラフです。

2010年人口ピラミッド

3.11の原発事故の後、いずれは消されてしまう強い予感がしたので、
すぐにキャプチャーしておきました。

3月後半は、そんなことばかりしていたかもしれません。
幸い、個人サイトは(まだ)消されていないところが多いのですが、
官庁関係は、気象庁のように既に遅し、というか…
風向、風速が表示されなくなっていて、
「偶然にも」ほぼ同じ頃に、
気象衛星「だいち」の電源寿命が尽きたというニュースが…
何しろ日本中がそれどころではないときでしたから、
まったく目立たなかったことと思います。

そして、現在、統計局のサイトに行ってみると、
虚偽こそ書かれていませんが、
案の定、非常に見づらい表と形式になっていました。
私などは、たぶん今初めて訪れたら、
詳しく見ようとする気力もなくなるでしょう。

さいわい日本語版ウィキペディアでは、まだ年齢別人口が見られます。

日本の人口統計

このページ、とてもキャプチャーしにくいんですよね~
とりあえずPDFプリントしてありますが、5ページに亘るので一目で見るというわけにいきません。
ただ、こちらでは年齢別人口の数字が分かります。

もっとも統計は統計に過ぎない(嘘が混ぜやすい)とも言えますし、
数字もそのまま信じてもしかたがないかとも考えます。
ただし、嘘があるとしても、実態より少なく書くことだけはないでしょう。

最初の表を見てすぐに気づくのは、
日中戦争と第二次世界大戦の「出生減」と書かれている年齢の人口よりも、
昨年20歳だった人の人口の方が少ないことでした。

出生減だけで説明できるはずがありません。
戦時中には膨大な若者の戦死犠牲者があり、生まれて間もない命も失われました。
国内でも繰り返された空襲、そして何より原爆被害……
ようやく戦争が終結しても、野坂昭如さんが『火垂るの墓』で描いたように、
そして、アニメで広く知られるようになったように、
(10代の終わりに原作を読んだ私は、未だにアニメを見る勇気がありませんが)
多くの戦争孤児が栄養失調で幼い命を落としています。

それなのに、あれほどの大災禍をくぐり抜けて生き残った世代よりも、
現代の若者と子供達の方がはるかに少ないのです。

私がいま「子供達」と呼んでいるのは、0歳から20歳の人全部です。
(高校生以上の人は、子供と呼ばれたらムカつくかもしれませんけど)
でも、彼らには、2011年3月11日まで選挙権がなかったんです。

17ヶ所もの原子力発電所建設、核廃棄物処理施設の建設を容認してきた責任は、
私も含めて、選挙権のあった大人全部にあると思います。
どんなに反対運動をしても、原発利権がらみの政党に一度も投票したことがなくても、
止めるだけの力を育て上げることができなかったのです。

抵抗のつもりで、相手を大きく利するだけの「棄権」をしてきた人も多いでしょう。
毎回の投票率の、信じがたいほどの低さ(ほとんどが50%以下)がそれを物語っています。
投票されなかった過半数を超える票は、すべて原子力利用推進に注がれ続けました。
それを、さらに強固にしたのが「1票の格差」です。

1票の格差

ウィキペディアの記事では触れられていませんが、具体的には、
衆議院と地方選の「小選挙区制」と参議院の「比例代表選挙制」の決定が引き金だったと記憶しています。

この結果、どれほど有権者が望む候補者も、棄権票の膨大さに必ず敗北することになり、
また、有権者がまったく知らない人が、次々に「政治家」になってしまいました。
実際にはもっと裏も闇もあるかと思いますが、こんな制度を放置してきたのは、
私たち大人の責任であることは間違いありません。

ところが、放射性物質の影響をもっとも大きく受ける被害者は、
いえ、これまでも受け続け、小児癌や免疫障害になってきたのは、
選挙権という「小さな権利」さえ与えられていない子供達なのです。

人は、個体差はあってもおよそ14歳前後に、突然、視野が広がり、
世の中の仕組み、世界の在りように気づくものです。
それまでは身近な大人を通じてのみ知っていた世界が、一挙に地球の大きさになり、
その矛盾だらけの悲惨な状態に驚愕することになると思います。

最近は、その状態を「中二病」などと呼んで揶揄しますが、
それは決して嘲笑すべき時期ではありません。
最も純粋に頭脳が拓かれ、人生でも最高速で回転しているとき。
このときこそ、優れた多くの師と出会うべき貴重な成長期です。
自己を確立し、肯定できるまで練り上げるべき「黄金期」なのです。

ところが、運よく健康にこの年齢に達することができた子供も、
この大切な時期に「受験戦争」に放り込まれます。
先達が築いた知の遺産を吸収しつつ、じっくり考えを巡らせたい時期に、
「考えるな、覚えろ!」と、
親から学校から社会から、絶え間なく圧力をかけられることの方が多いでしょう。

あまりのことに憂鬱になって勉強どころではない状態になると、
現代ではたちまち「うつ病」のレッテルが貼られ、
「仮説」に基づいただけの、脳内物質を撹拌する薬を投与されてしまいます。
純粋で賢く、柔らかい魂にとっては「拷問」以外の何ものでもありません。

これが、今年の3.11前に多くの10代の若者たちが置かれていた状況だと、私は確信しています。
「身体を病む」か「思考を破壊される」か、どちらも敗北でしかない二択。
優れた師(特に教師ではなくとも)に出会うという稀な幸運に恵まれない限り、
こんな状況下で、どうしても「自己を肯定できない」若者が増産されてきたのです。

報道されないがゆえに、東京では、ある時期から何も知らずに生きてきてしまいました。
大きく報道されたのは、1964年の長崎・佐世保への原子力潜水艦入港反対や、
横須加への原子力空母の入港反対くらいだったでしょうか。
インターネットが繋がるまで、各地の原発立地反対運動も、沖縄の苦境も、
ほとんど報道されなくなっていました。

しかし、原発立地で引き裂かれる大人の争いを目の当たりにした子供は多かったはずです。
ある日突然、周囲の大人が敵味方に分かれて罵り合い、ときには暴力も揮われる……
仲のよかった子といきなり引き裂かれた子もいるでしょうし、
重い沈黙に閉じこもる愛する家族を見てきた子もいるでしょう。

そうした子供達が親の世代となる頃には、
衝動を抑えられずにわが子を虐待してしまうケースが、
信じられないほどの速度で蔓延してしまいました。
言葉にならない不安と恐怖の中で、幼い子は最初に自らを責めてしまいます。
最も信頼する親に責任があるなどとは、発想さえできません。

そのうえ、厳罰主義が奇妙に激化して、未成年にも死刑が宣告されるようになりました。
権利は与えられなくとも、罰だけは絶対的に受け、一つしかない命で贖わなくてはならない……

こうした自己否定の連鎖は、結果以外は報道されることさえなく、
お決まりの「心の闇」という言葉で片付けられてしまうのです。
自己肯定の意識を育てられなかった子は、そんな非道も素直に受け入れてしまいます。
それどころか、社会から罰を受けるようなことは何一つしていなくとも、
自らを罰して命で贖ってしまうことさえも……

原子力発電所のことを知っていても、いなくても、
いつの間にかこうした「自己否定」が、
または同じコインの裏である「根拠なき自己肯定」が、
社会全体の空気となっていました。
そのうえ、そのような「空気を読め」とまで言われるようになり、
自分で思考を深めようとしている子は(大人もですが)「KY」などと嘲られるようになりました。
これが、3.11までの日本であり、日本で育った子供達の苦悩だったのです。

私の年齢から考えると、犠牲になってきた子供達の範囲は30歳まで広げていいと思います。
私が10代半ばの頃、ベトナム戦争に反対するアメリカの若者達の間で、
‘Don't trust over thirty(30歳以上を信用するな)’という合い言葉が流行し、
私たちも強く共感して、よく口にしていたものでした。

今の10~20代の人達にも、30歳なんてとっくにオーバーした私が言うのは変でしょうが、
「同じ意識を持った方がいいよ!」と警告したい気がします。

その証拠に?、今回で最終回にしたいと思っていた〈現実直視〉も、
すでに長くなり過ぎてしまったので、ひとまずここでアップします(ね、信用ならないでしょ?)

でも、もう一度、最初のグラフを見てください。
今の大人が守らなくてはいけない、救わなくてはいけない、
20歳以下の子供達は、去年の時点でこんなにも少なかったんです。

今では、さらに多くの若い命、幼い命が、為す術もなく喪われてしまったはずです。
ここで、大人が頑張らなくてどうする、と叫びたい思いです。
いえ、まず第一に自分に向けて、ずっとずっと叫んでいます。

この文章は、今の人に向けて書いているのではないかもしれません。
100年後、1000年後に、わけのわからない世界で、
途方に暮れることになるかもしれない子に届いて欲しいと、切に切に願います。

どうか生きていて! あなたのせいじゃないから!
幸せに生きる権利があなたにはあるから!
そして、生きてさえいれば、絶対に大丈夫だから!

この声を伝える道を創るだけのために、オバサン、頑張るからねっ!!

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

名月と高芽たち
実は、9月11日からずっと書いている〈現実直視〉の記事(たぶん最終回)があるんですが、
11日以降、公私ともに心が波立つようなことが多すぎて、なかなか続けられません。
波立つと言っても、毎日の暮らしそのものに大した変化はなく、
むしろ平穏がいっそう申しわけなく、ありがたく感じられるばかりなんですけれど。

現実といっても定義などしきれませんし、人それぞれなのだと思いますが、
私が「現実」と考えてきたものは、直視すると太陽のように目を焼くようです。

そこで、今回は夫すずめの写真を借りてきて、月の写真で目を休めることに……
9月12日午後9時の満月。

こういう月を見ると、昔はレモンアイスプレートのように思えて、
端っこを咥えるとすっと溶けていきそうって感じたものです。
今は……え~と、複視のせいで、ど・う・し・て・も正円に見えません。
それに、大潮なので、そもそもあまり見ることもできなかったりして(^^ゞ

最近、よくお邪魔しているウィンザー通信のまうみさんが、
アメリカ東部の同じ日の月の写真を掲載されていて、
陰の見え方の角度の違いが面白かったんです(写真なら正円に見えるので~)
もっとも、すずめに言わせると、日本でも時間によって角度が変わっていくそうで、
明け方になると時計回りに30度くらい動いているそうです。

2011.9.12の月

さて、月も見られない私の部屋は、昼なお暗き秘境なのですが~
ときどき、すずめが自分で育てた花を自慢したいのか、
はたまた多すぎて邪魔なのか(たぶん、こっち)、
同じ家だというのに、ベッドサイドに花を持ってきてくれるんですよね。

でも、サイドテーブルは足の方にあるので(起きてるときのテーブルだから)、
私としては、いつ蹴飛ばすかわからなくて怖いので(^ ^;)
とりあえず遠くの、めったに近づけない机に置くんです。

下の写真は、いつだったか持ってきてくれた石斛(セッコク)‘白鷺’の高芽です。
たぶん5月か6月ですね。毎年、溢れんばかりに純白の花を咲かせてくれる子なんです。
そして、株分けでどんどん殖える……

高芽たち

こういう高芽は、ほんとうは花になりたかった芽なのに、
あまりの逆境に音を上げると、諦めて新しい芽になります(^^ゞ

まあ、最初から切り花なんですが、
純白の花はやがて半透明になり、一輪また一輪と落ち、
葉も黄色くなって、一枚また一枚と落ち……それでも水も替えない私(^^ゞ

そうして茎はからっからに干からび、空っぽの壜に立ったまま夏を超えたのですが、
昨日、ふと気づくと、まっ白な陶器のような根が!
(私のピンぼけ写真だと、いまいち質感ないですが~)

この高芽から育てると、9年ほどで花が咲く株になるそうです。

これ、20年近く前に最初に聞いたときには、
「なんて気の遠くなる話なの?! そんなことやる人いるの?」って思ったんですが、
なぜでしょう? 今、こんなときだというのに全然そう感じません。

もしかすると、歳ってとればとるほど未来が身近に感じられるのかも?
ま、厚かましくなってるだけかもしれませんけどね~(^^ゞ

テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体

tetsuさんへの微力なお返事
9月2日の記事を、相互リンクさせていただいている『明日に向けて』の守田さんがご紹介くださり、
そのブログを通じて、tetsuさんという方から5つのご質問をいただきました。

原典以外については、とても私にお答えできるようなことではないので、回答にはなっていません。
もともと私が封印を解いたのは、事態の深刻さを訴えるためではなく、
「福島県」に矮小化され限定化されていく世の中の雰囲気が、とても心配だったからです。

外部被曝も内部被曝も、絶対に伝染しません!
もしも、福島県民というだけで、避難も宿泊も受け入れない…というようなことが、
現実に起こっているのなら、それはまったくのナンセンスです。
日本にいる人は既に、とっくに全員「ヒバクシャ」だと知って欲しかったのです。

tetsuさん、お返事が遅くなってしまってすみませんでした。
以下、私に可能な範囲でのお返事です。ご質問は緑の文字としました。

1)160kmの根拠は?
160kmは、アメリカの基準100マイルのkm換算です。
記事中でも触れましたが、範囲はきれいな円に収まるようなものではありませんし、
風向きや風の強さ、台風による渦状の撹拌、雨による飛び地フォールアウトなど、
多くの変数を含みますので、正確な範囲や濃淡を算出予測することは、
ほとんど不可能ではないかと思います。

別紙に「・・・アメリカの7ヶ所の原子炉を閉鎖した周辺半径80km地域では、
閉鎖2年後に、乳児死亡率が激減したそうです。・・・」関連の統計データからですか?
これは詳細なデータは存じませんが、
アメリカの研究機関RPHP(Radiation Public Health Project)の調査発表で、
1987~97年に閉鎖された原子炉7ヶ所を対象とした調査で、
閉鎖前と閉鎖2年後の死亡率を比較したそうです。
日本でも2007年4月27日に東京新聞が報道していて、
当該記事もアヒンサーシリーズの本にそれぞれ掲載されています。
最大で54.1%減少したそうですが……

これもまた数々の社会的変数を含むはずで、
個人的には「%」で表すようなことではないという感覚が拭えません。

2)3.11から今なお続いている福島原発由来の放射能の拡散範囲はどのくらいなのでしょうか?
拡散範囲については現在、正確に答えられる人などいないのではないでしょうか?
個人的には、はっきり言って、人間の手に負える事態ではないと考えています。
進行中の拡散や地下浸潤は日々増加するばかり……
日本の気象庁は、事故後、即座に風向予測データを公表するのを止めましたが、
しばらくはドイツ気象庁のシミュレーション予測が、
現在はスイス気象庁の予測が見られますね。
私は、ドイツのシミュレーション図で、3月中に1度は、
西に向かって拡散し、沖縄までも覆っている図を見ました。

ただ、シミュレーションはあくまで予測で、現実とは異なります。
避難のために活用されなければ、意味がないと考えています。

3)拡散範囲内でフォールアウトしている放射性同位元素の濃度分布傾向はどのようなものでしょうか?
とうてい確認不能ですが、どこかに非公表データはあるのかもしれませんね。
けれど、それを詳しく知って意味があるとはあまり思えません。
弾丸の雨の中で銃器の種類を特定しようとするようなことに思えます。
生物の身体への影響はまず物理的なものなので、
当たり所によってまったく異なる結果となるでしょう。

4)免疫障害に有効な食物などあるのでしょうか?
私は、免疫障害に限らず、摂取するものは、
各人が個体差と直観で選んでいくしかない、と考えてきました。
他人の助言を求めること自体、自らの生存放棄のように感じています。
このことについては、新たなビジネスも生まれるのでしょうが……
私は、免疫障害に有効な食事療法、薬、サプリメントなどは信じていません。

私自身が行ってきたことは「食べたいものを食べる、食べたくないものは食べない」ですね(^ ^;)
この選択が自分の中で、非常にめまぐるしく、くるくると変わるのです。
欲望に忠実といえばそうなんですが、大変なワガママにも見られてますね~
けれど「身体が自然に教えてくれている」と信じています。
誰の参考にもならないと思いますが、いつか記事にするかもしれません。
後は、行動の障害になる症状を取り除くために、自分の身体に合う市販薬を選んできました。

現在は…というか51歳になったときに、それでは対処しきれなくなってしまい、
内科には忌避感が強かったので(若い頃に検査侵襲をさんざん浴びて悪化する経験が多すぎて)
まっすぐ心療内科に行きました。そして、現在の病名をいただいたのです。
うつ病、更年期障害と診断されるのが関の山でも、対症療法がしてもらえるならよし、という考えです。
「慢性疲労症候群」を認める主治医に出会えたことは、非常に幸運だったと感謝しています。

5)私にはよく解りませんが、現状、今までのビキニ核実験など2500個以上、福島原発など事故大量漏洩物、一応法定内として排出している世界の原発からの累積放出放射能(ベクレル)の比率はだいたいどのくらいの比率なのでしょうか?おおよそでも知りたいと常々思っています。(もちろん今後、世界の原発から排出され続けますが、・・・)
それは私にはとても想像できません。

ただ、爆発事故直後に感じたことは、
私自身の幼少時、車がまだもの珍しかった時代のような環境が、
いきなり高速道路上になってしまったみたい、というイメージでした。
小学校の校庭を、高速道路上に指定するようなものだな、という感覚です。

しかもそこを走る車は運転者不在で、ハンドルもブレーキもありません。
また、人も動物もおそらく見ることができないので、回避することもできません。

現在、健康な人はたくさんいるでしょうし、
被曝が健康を害するに至るのは、時間と運と個体差によるものです。

ただ、今も無数の高速自動車(弾丸に喩えたほうが適切かもしれませんけれど)が、
日々交通量を増しながら走り続けている場所に留まっていることは、
非常に危険なことなのです。これは線量では測れないと考えています。

ヒット・セオリーと呼ばれていますが、
セオリーは意図的に照射する場合にしか有効ではないでしょう。
レントゲン照射や放射線治療では、ヒットがどの細胞に当たるかが予測可能で、
予測の精度は目覚ましい進歩をしているのでしょうが、
現在の環境状態で予測するのは不可能だろうと思います。

人体の場合、細胞の30%は毎日死んで剥落しているそうです。
ただし、細胞が死ぬときには有糸分裂でコピー細胞を残すので、
傷ついた細胞は、傷をもコピーすることになります。

また、生物の一生の間、死ぬことも使われることもなくストックされている細胞もあります。
そうした細胞に当たって、運よく重要な部分(DNAやRNAなど)を傷つけなかったなら、
あるいは、髪の先や爪の先などにヒットしたなら、その人は健康を害しません。

しかし、とりわけ免疫システムが完成していない年齢(胎児~10代前半)にとっては、
致命的になる確率が高すぎます。また、大人でも、生存を司る細胞にヒットすれば危険です。
また、生殖可能年齢の場合、男女とも子が作れなくなる可能性も高いのです。

何はともあれ、いかなる事情をさしおいても、大量放出源から遠ざかる必要がありますね。
ただ、島国の哀しさで、ただ、歩いて歩いて歩いていけば遠ざかるというわけにいきません。

また、この10年で、入念周到にも収入格差が大きく広げられてしまい、
さらに、大震災大津波被害への補償もないも同然では、
海外脱出が可能な層は、かなり少数になっているでしょう(私の家族も同様です)

哀しいばかりですが、この新しい大気の中で、
これまでの価値観を素早く捨てて、ともに多くが生きのびる道を作り、
未来を支えることこそ緊急に必要なことだと考えています。

テーマ:「生きている」ということ - ジャンル:心と身体



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